■22-20s/サード・アルバム『ゴット・イット・イフ・ユー・ウォント・イット』完成!2012年3月7日、日本先行発売!

22-20s
GOT IT IF YOU WANT IT
22-20s『ゴット・イット・イフ・ユー・ウォント・イット』

2012.3.7 ON SALE (日本先行発売)
★日本盤ボーナス・トラック3曲収録!
★ボーナス・ディスク付初回生産限定盤&通常盤同時発売!
【初回生産限定盤/ボーナス・ディスク付2CD仕様/ジャパン・オンリー】
■YRCG-90075~90076■\2,600(税込)/\2,476(税抜)■解説/歌詞/対訳付
【通常盤】
■YRCG-90077■\2,300(税込)/\2,190(税抜)■解説/歌詞/対訳付
●22-20sの新作が完成。2010年5月リリースの前作『シェイク/シヴァ/モウン』はオリコン総合ウィークリー・チャート34位にランクインする等、大ヒットを記録。同年のフジロックフェスティバルで来日を果たし、秋には東名阪のジャパンツアーも大成功をおさめた彼らの、よりブルース色を強めた傑作サード・アルバム。
●今作のプロデュースは前作同様イアン・ダヴェンポート(バンド・オブ・スカルズ、スーパーグラス、バッドリー・ドローン・ボーイ、ヴィア・ジント・ヘルデン他)。アメリカのミネアポリスで曲を書きデモをレコーディングし、母国イギリスのリンカンシャーのチャペル・スタジオでレコーディングはおこなわれた。前作のツアーを通し、自分達の原点(ブルース)をより見つめなおして昇華させた強力アルバム。
●初回生産限定盤(2CD)と通常盤の2種を発売。初回生産限定盤に追加されるボーナス・ディスクには、フジロックフェスティバル'10のライヴ音源5曲やデモ等、ファン必携の10曲を収録。日本先行発売、日本盤ボーナス・トラック3曲収録。特殊パッケージ仕様。
■収録曲目■
1. Bring It Home/ブリング・イット・ホーム
2. Pocketful Of Fire/ポケットフル・オブ・ファイア
3. White Lines/ホワイト・ラインズ
4. Heart And Soul/ハート・アンド・ソウル
5. Purple Heart/パープル・ハート
6. Cuts And Bruises/カッツ・アンド・ブルージーズ
7. Only Way You Know/オンリー・ウェイ・ユー・ノウ
8. My Creation/マイ・クリエイション
9. A Good Thing/ア・グッド・シング
10. Little Soldiers/リトル・ソルジャーズ
11. Cherry Red/チェリー・レッド*
12. Death Wish Fever/デス・ウィッシュ・フィーヴァー*
13. Pocketful Of Fire (Demo)/ポケットフル・オブ・ファイア(デモ)*
*日本盤ボーナス・トラック
WRITTEN BY MARTIN TRIMBLE
PERFORMED BY 22-20S
PIANO ON CUTS AND BRUISES BY CHARLY COOMBES
PRODUCED BY IAN DAVENPORT AT CHAPEL STUDIOS UK AND COURTYARD STUDIO UK
MIXED BY IAN DAVENPORT AND CHRIS HUFFORD
MASTERED BY DARIUS VAN HELFTEREN
[初回生産限定盤ボーナス・ディスク収録曲目]
1. All That I Need/オール・ザット・アイ・ニード
2. Only Way I Know (Acoustic Demo)
/オンリー・ウェイ・アイ・ノウ(アコースティック・デモ)
3. Purple Heart (Acoustic Demo)/パープル・ハート(アコースティック・デモ)
4. A Good Thing (Demo)/ア・グッド・シング(デモ)
5. White Lines (Demo)/ホワイト・ラインズ(デモ)
6. Ocean (Live From Fuji Rock Festival'10)
/オーシャン(ライヴ・フロム・フジロックフェスティバル'10)
7. Latest Heartbreak (Live From Fuji Rock Festival'10)
/レイテスト・ハートブレイク(ライヴ・フロム・フジロックフェスティバル'10)
8. Shake, Shiver And Moan (Live From Fuji Rock Festival'10)
/シェイク、シヴァ・アンド・モウン(ライヴ・フロム・フジロックフェスティバル'10)
9. Fire Of Love (Live From Fuji Rock Festival'10)
/ファイア・オブ・ラヴ(ライヴ・フロム・フジロックフェスティバル'10)
10. Devil In Me (Live From Fuji Rock Festival'10)
/ デヴィル・イン・ミー(ライヴ・フロム・フジロックフェスティバル'10)
WRITTEN BY MARTIN TRIMBLE except
FIRE OF LOVE, WRITTEN BY JODY REYNOLDS AND SONJA STURDIVANT
PERFORMED BY 22-20S
LIVE TRACKS COURTESAY OF FUJI ROCK FESTIVAL
STUDIO TRACKS PRODUCED BY 22-20S AND MIXED BY JAMES IRVING
MASTERED BY DARIUS VAN HELFTEREN
「僕たちは作るべきものをつくり、プレイすべきものをプレイすることに決めた。曲を書いて、レコーディングして、写真のようにそれを捕らえて、先へと進む」
22-20sは自身3枚目のアルバムとなる『ゴット・イット・イフ・ユー・ウォント・イット』をリリースする。このアルバムは、今の自分達を満足させる失望についてのアルバムだ。疲労、孤立、挫折について歌ったアルバムなのだ。ただ誤解してはいけない。これがブルースなのだ。ブルースをプレイするというバンドの生涯の愛を祝うアルバムなのだ。
アメリカのミネアポリスで曲は書かれ、彼らの母国イギリスのリンカンシャーの6日間のスタジオセッションでアルバムのレコーディングはおこなわれた。ベストを尽くした生でエネルギッシュなサウンドと、多くのツアーで培われたライヴの才能によって、『ゴット・イット・イフ・ユー・ウォント・イット』は明確になり、形作られたのだ。
「このアルバムの制作は、要点をむき出しにして自分達の本能に従う行為だった。確信を持って自分達がやるべきことをやる必要があった。だから曲を書くのに3ヶ月かかり、レコーディングは6日しかかからなかった」とシンガーのマーティン・トリンブルは説明する。
『ゴット・イット・イフ・ユー・ウォント・イット』は、オープニング・トラック「ブリング・イット・ホーム」の最初の小節からチャック・ベリーまで、ただバンドの原点に帰るだけでなく、バンドの馴染みの地形(原点)に自信を持って自分達の刻印をするアルバムである。疲労、孤立、傷心、挫折・・・。歌詞は、浪費された時間、壊れた関係、報われない努力と愛、といったものを扱っている。しかし、このアルバムは、失敗や失望にくよくよしているバンドの音ではない。なぜギターを最初に手にするのか? なぜハウリン・ウルフ今でも昔とおなじように心をつかむのか? アルバムの制作は、こうしたテーマを干拓する作業だったのだ。
バンドの基礎となる2004年のデビュー・アルバムから約10年の時がたった。彼らは当時、イギリスからのザ・ホワイト・ストライプスへの回答、と評判になっていた。ただ、そんな過度の期待はバンドを内部から崩壊させてしまった。自己疑念がバンドに生まれ彼らは解散した。
「状況は僕たちの想像を超えていた。レーベルの争奪戦が始まった時から、僕らのデモが持っていた初期の純白さは失われてしまった。僕らみたいな若いバンドにとっては、合理的で思慮深い考え方よりも、純粋な信念の上に築き上げられたシンプルな強気の信念のほうが重要だった」とグレン・バータップは嘗ての自分達のことを反省する。
「ラジオから流れてくる曲は本当に退屈だった。小さな街でマディ・ウォターズやハウリン・ウルフに影響された僕らは、どんな街にも出て行けると思っていたし、そんなラジオから流れてくるようなバンドなんて打ち負かすことができると思っていた。それが真実かどうかなんて関係はなかったよ。そうした信念だけで僕らは前に進んでいたんだ。ただ、一度ハイプに祭り上げられてしまうと、自分自身に対する信頼を失ってしまい、自分達がやるべきことを後付で考えるようになって、続けていくことができなくなってしまったんだ。僕らは元々持っていた光を失った。そしてそれは疑念へと変わったんだ」とシンガーのマーティン・トリンブルは付け加える。
2008年、22-20sは再び自信を取り戻した。オリジナル・メンバーであるマーティン・トリンブル(Vo, G)、グレン・バータップ(B)、ジェイムス・アーヴィング(Dr)に、新しいメンバーであるダン・ヘア(G、Vo)を加え再結成をした。バンドはセカンド・アルバム『シェイク/シヴァ/モウン』をプロデューサーのイアン・ダヴェンポートと2009年にレコーディングし、アメリカを中心に広範囲でツアーをおこなった。
「『シェイク/シヴァ/モウン』は僕らが慣れ親しんだ音に対しての潜在的な反動だったかもしれない。アルバムのレコーディングの終わり頃、アルバムのタイトル曲「シェイク、シヴァ・アンド・モウン」を書いた時、僕らは明らかにブルース調な曲だと思って過度に嫌っていたんだ。これはファースト・アルバムで失敗したバンドの音だ、とまだ考えていたんだ」とマーティン・トリンブルは語る。
「けど何ヶ月にも及ぶUSツアーのおかげで、自分達が本当にいた場所、そして、自分達が一番優れているものを再発見できたんだ。もちろん、僕たちは『シェイク/シヴァ/モウン』に誇りを持っている。ただ、ツアーによって、バンドの初期の頃によく書いていたよりルーズな曲のほうがプレイしていて楽しいということがわかったんだ。で、そうした曲をもっとプレイしたいと思ったんだよ。僕たちが昔やりたかったことは間違えではなかった、ということに気づいたんだ。かろうじてそれを今でもやり通しているブリティッシュ・バンドはローリング・ストーンズだけだろうね」とジェームス・アーヴィングは付け加ええる。
再び自己認識をおこなった22-20sは、3枚目のアルバム『ゴット・イット・イフ・ユー・ウォント・イット』の曲を書きレコーディングをすることに集中した。バンドは再度、プロデューサーにイアン・ダヴェンポート(バンド・オブ・スカルズ、スーパーグラス、バッドリー・ドローン・ボーイ、ヴィア・ジント・ヘルデン)を迎え、アメリカのミネアポリスで曲を書いてデモをレコーディングし、チャペル・スタジオでレコーディングをおこなうため、母国イギリスのリンカンシャーに戻った。
「僕らは勇敢になりたかった。もっとヴォーカルをラウドにしたかった。理由があれば、ギターが入ってくるのも問題はなかった。まるで部屋の中でバンドが演奏しているような特徴のある音にしたかったんだ」とドラマーのジェイムス・アーヴィングは語る。
リー・ヘイゼルウッドのきらめきを抱える「ホワイト・ラインズ」、後悔の言葉を繰り返す「パープル・ハート」、サザンソウル(ゴスペルやブルースに直結した南部から生まれたソウル)を支柱とする「カッツ・アンド・ブルージーズ」、ゴシックなカントリー・ブルース「ア・グッド・シング」。アルバムから、過去を管理し未来を支配するバンドの音を聴く事ができる。ここには自信に満ちた音が鳴り響いている。
「リリシストとして、僕は椅子に座って失望の瞬間や時間について歌詞を書く。けど、一旦バンドとして集まると、スネアの音が鳴った時のスリルやギターのストリングスの螺旋のようなパワーによって、プレイすることにより解放されるんだ。そう、ライヴには何かマジカルなパワーがある。ライトニング・ホプキンスは、ライヴは個人的な痛みとオーディエンスの祝賀の他に類のない感動的な混合、と言った。バンドとオーディエンスは何十年このような祝賀と同情を繰り返してきたのだろうか? 失望は僕らが今まで作った音の後ろに横たわり、影を投げかける。確かにアルバムは失望について歌ったものだ。けど、もちろん、失望の製品ではない。もし失望したらアルバムを作るといいよ。ただし半分の微笑みを持ってね」とトリンブルは語る。
受け入れてください。取り戻してください。歌にグルーヴを与えてください。歌にスワッガー(自信を持った信念や態度)を与えてください。音楽は挫折について歌っているかも知れない。ただ挫折主義ではない。歌詞は物語の半分でしかない。まだまだ前進できる。暗黙のうちにあなたはそれを理解しているんだよ、とスワッガーは語るのだ。
22-20s:
Martin Trimble(マーティン・トリンブル) on Guitars and Vocals
Glen Bartup(グレン・バータップ) on Bass
Dan Hare(ダン・ヘア) on Guitar and Vocals
James Irving(ジェイムス・アーヴィング) on Drums
2001年バンド結成。デルタ・ブルーズの巨匠スキップ・ジェイムスの代表作がバンド名の由来。まだ若干18、19歳の時にレーベルと契約を結び、2003年にシングル『サッチ・ア・フール』でデビュー。彼等が鳴らしたブルース・ロックは大きな話題となり、翌年リリースのファースト・アルバム『22-20s』は、ここ日本も含め大ヒットを記録するも、2006年1月に僅かアルバム1枚を残してバンドは突如解散。2008年9月、バンドはヘヴンリー・レコーズ(バンドがファースト・アルバムをリリースしたレーベル)の18周年を記念したライヴで復活し、セカンド・アルバムの制作に入っていく。2010年の3月から北米を皮切りにツアーも正式に再開。そして2010年5月(海外は6月)には、オリジナル・メンバーの3人にダン・ヘアを加え、イアン・ダヴェンポートをプロデューサーに迎えて制作された、6年ぶりとなるセカンド・アルバム『シェイク/シヴァ/モウン』をリリース。復活作となったこのアルバムは大ヒットを記録。日本ではオリコン総合ウィークリー・チャートの34位にランクインした。同年7月にはフジロックフェスティバル'10で来日を果たし、動員率150%を記録。秋には東名阪のジャパンツアーも大成功をおさめた。

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